東京高等裁判所 昭和59年(ネ)1858号 判決 1985年1月23日
控訴人
甲野青華
控訴人
甲野緑華
右両名訴訟代理人
香村博正
被控訴人
東京高等検察庁検事長
伊藤栄樹
右補助参加人
乙山安華
右補助参加人
丙原静華
右補助参加人
丁野黄華
右三名訴訟代理人
芹沢孝雄
相磯まつ江
主文
原判決を取り消す。
控訴人らがいずれも亡孫学(国籍・中国、西暦一九〇〇年六月二九日生)の子であることを認知する。
訴訟の総費用中参加によつて生じた部分は補助参加人らの負担とし、その余の部分は国庫の負担とする。
事実
控訴人らは主文一、二項と同旨及び「訴訟費用は第一、二審とも国庫及び被控訴人補助参加人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人補助参加人らは、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示並びに差戻前の当審記録中の証人等目録及び差戻後の当審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する(但書<略>)。
(控訴人ら)
亡孫学の外国人登録上の国籍である「中国」について、中華人民共和国の法域と台湾の法域との二つの法域があるが、そのいずれの法域の法律を適用しても、日本人の子から認知請求の訴えを起こす妨げとはならない。
(被控訴人補助参加人ら)
一 台湾は、中華民国が国民及び国土を支配している独立の国家であつて、中華人民共和国の一部やその地方ではないから、本件について法例二七条三項を適用する余地はない。
二 国籍取得については、選択主義が採られるべきであるから、中華人民共和国に帰国するつもりであつた亡孫学は同国人であり、同人については同国法が適用されるべきである。
理由
一本件の準拠法について
<証拠>によれば、控訴人甲野青華は昭和二三年七月二六日、控訴人甲野緑華は昭和二六年八月一五日、それぞれ国籍を日本とする甲野花子から生まれ、いずれも同女の戸籍に非嫡出子として父欄の記載がないまま入籍されていることが認められるから、控訴人らはいずれも国籍法二条三号により、その出生とともに日本国籍を取得したというべきである。
<証拠>によれば、控訴人らがその父であると主張する亡孫学は、生前、外国人登録法に基づく登録において国籍を「中国」としていたことが認められるが、「中国」には、中華人民共和国の法域のみならず同国の法規とは異なる法規が現に通用している台湾の法域も含まれることは公知の事実であるから、亡孫学がそのいずれの法域に属したものかについてさらに検討する。<証拠>によれば、亡孫学は、西暦一九〇〇年六月二九日に台湾で生まれ、昭和五三年五月三一日に死亡するまで本籍を台湾台中市○町三丁目一一番地としていたこと、同人は大正一〇年以来日本内地に居住していたが、台湾にはその兄弟ら親戚多数が存在し、同人はその一族としての地位を保つていたことが認められる。右認定の事実によれば、亡孫学は、その生前、台湾の法域に属していたものとみるべきである。なお、被控訴人補助参加人らは、亡孫学がその意思により中華人民共和国人となつたとの主張をするところ、なるほど弁論の全趣旨によれば、被控訴人補助参加人乙山安華、同丙原静華との別件認知請求訴訟において、亡孫学は自らの意思により中華人民共和国の国籍を取得したから同国法を適用すべきであるとの主張をしたことが認められるが、この事実のみで同人が同国籍を取得していたことを推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そこで、法例一八条一項によれば、本件における認知の要件は、父に関しては亡孫学の本国法即ち台湾の法域において現に通用している中華民国法により、子に関しては控訴人らの本国法即ち日本法により、定められることになる。
二亡孫学と控訴人らとの父子関係の存否について
<証拠>によれば、次の1ないし5の各事実が認められる。
1 控訴人らの出生届出(控訴人甲野青華につき昭和二三年八月六日、同甲野緑華につき昭和二六年八月二七日)は、亡孫学が同居者として行つている。
2 亡孫学は昭和二二年ころ甲野花子と知り合い、その後間もなく同女と性的関係を継続的に持つようになり、昭和二三年から同二六年までの間は過半を同女方で過ごす状態であり、その後も頻繁に同女方を訪れて同人の死ぬまで交際を続け、この間昭和四五年ころまでは控訴人らの養育費を含む生活費を同女に交付していた。
3 控訴人らは、少なくとも小学校を卒業するころまでは、それぞれ孫青華、孫緑華との通称を用いていた。
4 亡孫学は、昭和四〇年以降同棲生活をしていた加藤真由美に対し、自己と甲野花子との間に子が二人いると話していた。
5 亡孫学の生前には控訴人らは認知請求をしたことがなかつた。
右1ないし4の事実及び差戻前の当審における鑑定人阿部和枝の鑑定の結果によれば、控訴人らは亡孫学の子であると認めることができ、右5の事実もこの認定を覆すものとはいえず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。
そして、右1、2の事実によれば、亡孫学は控訴人らを養育したということができるから、中華民国法一〇六五条によれば、亡孫学は控訴人らを認知したものとみなされるというべきである。しかし、控訴人らに関して適用されるべき日本民法においては、父の養育により認知したとみなす規定はないから、同法上は亡孫学と控訴人らとの父子関係はいまだ生じたものとはいえず、控訴人らの本件認知請求は訴えの利益に欠けるものではない。なお、中華民国民法一〇六七条二項は認知請求の出訴期間を五年と定めているが、同法上すでに認知されたものとみなされている本件に同条項を適用する余地はないというべきである。
三結論
以上によれば、控訴人らの本件認知請求は理由があるから認容すべきであり、これを棄却した原判決は失当であるからこれを取り消して本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、九四条、八九条、九三条、人事訴訟手続法一七条を適用して、主文のとおり判決する。
(森綱郎 高橋正 小林克已)